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落語で3回目の予選を突破した私は色々思案をめぐらしていました。テレビの本番までにネタを仕上げておきたかったのです。予選のままでは芸がありません。そもそも『七度狐』は上方落語の東の旅で大阪から伊勢参りまでの道中の噺の一つ、一部であり、3分のテレビ出演でクライマックスの笑いまでには時間が足りません。そこで『七度狐』の前段の『煮売り屋』を稽古することにしました。この噺は会話の中に笑いが多く、3分の持ち時間にはピッタリと判断したからです。ちょうど桂 南光師匠のビデオがあったので、その中でギャグがある会話の部分を最初にもってくることにしました。自分なりに3分間の噺にまとめ、何度も練習しました。それをビデオに録って、福団冶師匠にも見てもらいました。そうすると、私の癖が判明したのです。それは落語では右、左と向いて登場人物の会話を表現しますが、その癖とは上(かみ)下(しも)どちらを向いてしゃべる時も顔をが上を向いてしまうというもので前座、新人の噺家にはよく見られる欠点だと指摘されました。そして、近くと遠くを見る時の視線の位置を特に注意されました。我流の悲しさか、今まで全く気付いていなっかったのです。師匠のアドバイスは本当にありがたかった。テレビ収録の1週間前の土曜午後、どうしても稽古を付けて欲しかったので、夜に京都で仕事があるという師匠に無理にお願いして、難波のホテルで待ち合わせました。ところがホテルの喫茶店は満員で、仕方なくロビーで稽古を付けてもらうことになりました。野郎2人がブツブツと仕草を付けて何やら話をしているのだから、周りの人にはさぞ、異様な光景に見えたに違いありません。1時間あまり稽古を付けてもらったでしょうか。「大丈夫でっしゃろ」の師匠の最後の言葉を心の支えに本番を迎えることになるのです。
平成13年10月6日。4回目の「素人名人会」の本選、テレビ収録の日がやってきました。最初、面白半分に出場した「名人会」が、いつの間にか名人賞を獲る事が目標になり、プレッシャーに変わってきていました。南海電車に揺られながら、会場のNGKまでずっと、ネタを繰り続けました。楽屋で、芸人でもない素人の自分がここに居る事が不思議で、嬉しいような怖いような感覚をまたもや味わっていました。リハーサルに向かうと、ゲスト歌手の城之内早苗の音合わせが行われているようでした。スラリと背の高い美人歌手で、「いい歌だ」と聞きほれていました。3回歌って城之内嬢は控え室に消えていきました。いよいよ出演者のリハーサル。落語はいつも最後なので、ゆっくり構えていました。慣れとは恐ろしいもので、今までとは違って回りの状況がよく見えるような気がするのです。他の出演者はそわそわしているように見えます。リハーサル後、控え室の戻り本番を待ちました。間もなく「本番です。舞台へお越し下さい」との知らせ。暗い通路を抜け、緞帳が下りている舞台へ。袖のスチールイスに腰掛け、待っていますと、ほどなく西川きよし師匠が現れ「西川です。今日はよろしくお願いします」と出演者全員に深々と頭を下げました。
平成13年10月6日。4回目の「素人名人会」の本選、