« 2009年12月 | メイン | 2010年02月 »

2010年01月 アーカイブ

2010年01月04日

明けましておめでとうございます。

2010年の幕が開きました。皆様も新たな決意を持って新年をお迎えのことと存じます。さて、吉田歯科医院も昨年はデジタルレントゲンを導入いたしました。少しづつではありますが、毎年進化しております。「できるだけ新しい機器や技術を導入して患者様に喜んでいただく」ことを理念として診療をおこなっております。どうか本年もご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

2010年01月05日

⑦懐かしい出会い

 大学卒業後、地元の歯科医院で勤めるようになりました。26歳で結婚し、子宝にも恵まれ、平穏な生活を送っていました。記憶は定かではありませんが、30歳の頃、家内と幼い長女と一緒に大阪千日前を歩いていた時、演芸場の「浪速座」の前で足が止まりました。その出演者の看板に懐かしい「川上のぼる」の名前を見つけたのです。その頃、テレビではあまり見かけなくなっておりましたので、「あの腹話術の川上のぼる、まだ活躍していたのか」という驚きとともに「見てみたい」という感情が湧き上がり思わず切符を買っていました。会場に入ると半分くらいの入りでしたが、小さな子供でも舞台が見えるように一番前の席を取りました。何人か芸人さんが出たあと。いよいよ川上のぼるの出番です。内容はハッキリとは覚えていませんが、昔テレビで見た、あの一世を風靡した川上のぼるが目の前で腹話術をやっている感慨というか嬉しさというか、今この場で時間を共有している幸せを感じていました。私の子供は3歳くらいだったと思うのですが、人形がしゃべるのが、よほど面白かったのでしょう。思いっきり手を叩いて、目を輝かせているではありませんか。その姿に気付いた川上師匠は娘に向かって「お嬢ちゃん、応援してくれてありがとう」と人形にしゃべらせてくれました。子供は、またまた拍手、拍手のはしゃぎよう。あっという間のひと時でした。この懐かしい出会いが後々、私を腹話術の世界に引き込むきっかけになっていくのです。

川上のぼる師匠           川上のぼる.jpg

  

2010年01月15日

⑧腹話術協会入会

 30歳の頃、往年の大スター、川上のぼる師匠の舞台を見てから「いつか腹話術をやってみたい」という気持ちがありました。その機会がひょんな事からやってきたのです。平成7年、39歳の時、和歌山市のPTA連合会の副会長をしていた私は、和歌山市民会館で、教育講演会の司会をおおせつかりました。当時の教育委員長の坂口全彦先生の講演を舞台袖で見ていると、先生が途中で腹話術の人形を取り出し、人形との会話を通して、ユーモアたっぷりに子育てのお話をされました。講演も大変素晴らしいものでしたが、私は人形の方に目が引き付けられました。講演後「私も腹話術をやりたい」旨をお話すると「私が会長を務める和歌山腹話術協会に入って、一緒勉強しましょう。歯科医では吉田さんが初めてなので歓迎します」とのお誘いを受けました。渡りに舟とばかり、すぐに入会しました。練習は月1回で、各自演じて先輩会員に直してもらうという形式でした。私は高校時代から集めた落語と漫才のレコードやテープからネタを拾い出し、自分なりにアレンジしてネタを作りました。半年くらいすると人形使いもさまになってきました。そして、入会して1年たつかたたないうちに発表会にも出ました。そこで、新人のわりには上手いとおだてられたのをきっかけに、PTAの集会や宴会の余興で腹話術を披露する機会が増え、皆に喜んでもらい悦にいっていました。豚もおだてりゃ木に登る?ではありませんが「自分の芸はどのくらいのレベルなのだろう。腕試しできる場はないだろうか。一度試したい」という心がもたげてきました。そこで頭に浮かんだのが子供の頃から見ている「素人名人会」だったのです。落語や漫才の出場者は多いが、腹話術はあまり見たことがない。チャンスがあるかも?「これだ」と思い早速、往復ハガキで予選出場を申し込みました。しかし、この衝動的に書いたハガキが後々、大変な苦労になっていくのです。

About 2010年01月

2010年01月にブログ「吉田歯科医院」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2009年12月です。

次のアーカイブは2010年02月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。