父親が言うには「母方のお祖父さんはうたい(謡曲)が玄人はだしで、町内で婚礼があるといつも呼ばれていた」とのことです。独身の時、謡曲をプロの師匠に付き、習っていたらしいのです。その芸人の血が私にも流れているのかも?と言いますのは、小学生の頃から吉本新喜劇や松竹新喜劇ははもちろん、漫才などの演芸番組が大好きでした。落語も好きで、東京の噺家が今の「笑点」の大喜利のような形式で出演していた「お笑いタッグマッチ」や「末広珍芸シリーズ」というような番組を好んで見ていました。ここで初めて落語家なる者を知り、「噺家とはトンチを効かせたなぞかけや小咄をする人」というイメージを持ちました。一つの噺として最初に「落語は面白い」と感じたのは三遊亭歌奴(現・円歌)師匠の「j授業中」や「浪曲社長」を聞いてからだと思います。 円歌師匠とは何か縁があるのでしょうか。三十何年後に、この大師匠の前で私が落語を一席語る羽目になるとは夢にも思いませんでした。
