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2009年09月 アーカイブ

2009年09月10日

予約制について

当院は患者様に十分な治療を受けていただくため予約制となっております。初診の方は必ずお電話で予約してご来院下さい。 現在の予約状況は大変混み合っており、大変ご迷惑をおかけしております。急患の方の待ち時間は60分くらいです。空いている時間 (キャンセル)を確認の上、ご来院くださいますようお願いいたします。

2009年09月15日

デジタルレントゲン


患者様の健康維持のために旧式のレントゲンの十分の一の線量で撮影が可能で、患者さんをお待たせすることなく撮影画像をすぐお見せすることが出来ます。
また、モニター上で拡大したり濃度を調節したりすることはもちろん、長さを計測することもできますので、より正確な診断が可能になります。デジタル2.jpg


デジタル1.jpg














日本催眠応用医学会で発表

先日、東京で行われた日本催眠応用医学会のセミナーで「笑いで元気に」という演題で発表を行いました。患者さんと歯科医の関係を良好に保つにはどうしたらよいか?患者側と歯科医側の両面から、30年の臨床経験で学んだ事をお話しさせていただきました。また、後半は趣味の腹話術も披露し、喜んでいただきました。

2009年09月17日

①私の趣味

皆さんも趣味はおありかと存じますが、私の趣味は「写真撮影」と「落語」、「腹話術」です。写真は我流ですが中学生の時にコダックのコンパクトカメラを親からもらって以来の写歴です。落語は高校時代から、腹話術は37歳から始めて、16年になります。写真も大変面白いのですが、今回は落語と腹話術に関して書かせていただきます。 この二つの趣味が、私の人生を豊かにし、さまざまな人々との出会いを生んでくれました。連載という形で、私の子供時代から現在に至るまでの趣味とのかかわりをこの欄に掲載いたしますので、お付き合い下さい。次回は「落語との出合い」 についてです。                

2009年09月20日

②落語との出合い

 父親が言うには「母方のお祖父さんはうたい(謡曲)が玄人はだしで、町内で婚礼があるといつも呼ばれていた」とのことです。独身の時、謡曲をプロの師匠に付き、習っていたらしいのです。その芸人の血が私にも流れているのかも?と言いますのは、小学生の頃から吉本新喜劇や松竹新喜劇ははもちろん、漫才などの演芸番組が大好きでした。落語も好きで、東京の噺家が今の「笑点」の大喜利のような形式で出演していた「お笑いタッグマッチ」や「末広珍芸シリーズ」というような番組を好んで見ていました。ここで初めて落語家なる者を知り、「噺家とはトンチを効かせたなぞかけや小咄をする人」というイメージを持ちました。一つの噺として最初に「落語は面白い」と感じたのは三遊亭歌奴(現・円歌)師匠の「j授業中」や「浪曲社長」を聞いてからだと思います。 円歌師匠とは何か縁があるのでしょうか。三十何年後に、この大師匠の前で私が落語を一席語る羽目になるとは夢にも思いませんでした。 

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 円歌師匠と  

2009年09月25日

③上方落語ブーム到来

 小学生の時、落語と出合った私は中学生になると益々その魅力に引かれていきました。おりしも、テレビ、ラジオでは若手落語家がもてはやされ、「仁鶴」「三枝」に代表される人気者が次々と登場して来たのもこの頃です。上方落語と言えば、お芝居や唄にもなっている伝説の爆笑王「初代・桂春団冶」が有名ですが、昭和の初期、上方落語は寄席でもかなり演じられ、落語家も相当いたようです。しかし、エンタツ、アチャコの「漫才」が寄席の中心になるとどんどん末席に追いやられ、落語家自体の数が少なくなりました。戦後は上方落語界の大黒柱であった大物噺家「五代目・笑福亭松鶴」や「二代目・桂春団冶」が立て続けにこの世を去ったこともあり、落語家が10人以下になってしまい、上方落語は滅びるかもしれないという深刻な事態に陥りました。そこで上方落語の灯を消してはならないと立ち上がったのが四天王と言われる「六代目・笑福亭松鶴」「桂米朝」「三代目・桂春団冶」「桂小文枝」です。この4人の活躍が現在の上方落語の基礎を築いたと言っても過言ではありません。私が中学3年生の昭和46年頃には、50人を抱える「上方落語協会」に発展していました。上方落語の復興がなったのです。

 

 

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