高校生時代、これと言った目標が無いまま過ごした私でしたが,無事大学に合格しました。「何かをやりたい」という体から湧き出るものがありました。残念ながら落研はなく体育会系の『日本拳法部』に入部しました。このスポーツは面、胴、股間ガード、手にはグローブを装着し、殴り、蹴り、投げ合うという、言うなれば防具を着けて空手と柔道をするようなハードなものでした。今、考えると、「あんな事をよくやっていたな」と思うほど過激で危険な武道です。そんな入部して間もない頃、先輩から「今度歓迎コンパをするので、新入生は全員その席でかくし芸を披露してもらう。考えておくように」との話がありました。私が考えた出し物は、その当時、遅咲きながら人気が出だした漫才コンビ「人生幸朗・生恵幸子」のぼやき漫才でした。ネタは高校生の時ラジオから録音したもので、そっくりそのまま暗記して、練習を重ねました。ネタの一部を紹介すると「水前寺清子のヒット曲、365歩のマーチ。これほど皆さんを馬鹿にした唄、おまへんで。1日1歩、3日で3歩、3歩進んで2歩下がる。3日で1歩しか進まんやないかい!!」とか「研ナオコのヒット曲、カモメはカモメ。あたりまえやないかい!!」etc・・・これを私が人生幸朗になりきって肩をゆらしながら「まあ、皆さん聞いてください」とやるのです。部員だけでなく、その場にいる人、皆、腹を抱えて笑っているではありませんか。大受けでした。初めて、観客を笑わせ、喜んでもらうという「恍惚感」を体験した瞬間でした。これをきっかけに、コンパなど、事あるごとに「ぼやき漫才」を披露した私は「ぼやきの吉田」とニックネームを付けられ、大学の卒業式の謝恩会では「大トリ」をつとめるという栄誉?まで獲得したのです。勉学の方は何とか6年で卒業したという感じですが、「日本拳法部」の活動は最後までやり通し参段をいただきました。そして、趣味の世界では「人を笑わせ、喜んでもらう」という楽しみを覚えた充実した6年間の学生生活でした。